ピョンチャン冬季世界大会に参加して

参加アスリートの声 ~ ~ 素晴らしい体験でした!

 

● 室田 花菜さん

 

目標の「2連覇達成」は、残念ながらできませんでした。(>へ<);バニーホップが1回目も失敗したので、心が折れてしまいました。〇|_4位入賞出来て、よかったと思いました。((_))20代最後の世界大会だからです。あと、もうひとつ、良かったのは、ピンバッジが、IDカードのネックにいっぱいになったことです。(*^_^*)

 

 

● 佐藤拓弥さん(フィギュアスケート)

 

スケートで世界大会に行ってきました。

お友達もたくさんできて楽しかったです。

スケートで金メダルを取りました。

うれしかったです。

次も世界大会に出たいです!

これからも練習がんばります!!

 

 

 板倉宏二郎さん(スノーシューイング)

 

ワールドゲームのディビジョニングでうまくスタートできませんでしたが、ファイナルではスタートは出遅れましたが、100mでは4人抜き、200mではトップでゴールしました。

ところが、オネストルール(15%)で失格になってしまい、本当に残念でした。

でも、アンカーで走ったリレーで、チーム・ジャパンBは3位、銅メダルをもらいました。チームAも金メダル、うれしかったです。

今回の参加で、全国に友達ができました。次のナショナルゲームでチームジャパンのアスリートやコーチと会うのが楽しみです。

 

木村真耶加さん (スノーシューイング)

 

ホストタウン・プログラムは大学生とふれあって、たまたまかっこいい人がスノーシューイング担当でした。その場ではあまり話さなかったが、電話番号をきき、メールアドもきき、知り合いになれてよかった。

北海道の合宿は足さきがいたくて寒かった。でもいっぱい何本も100mを走ったり200m 2本とったり、でも仲間も走ってるんだし、自分も走らなきゃという気持ちになり、しんどいとかやる気がなくなることはなかった。

ホストタウンの時おみやげをボランティアの大学生にあげた。会場ではスノーシューイングでデオナルド・デカプリオに似た人の電話番号をきいた。

100mの予選は思ったほか自己ベスト。自分では練習の時でも21秒台とか22秒台しかでていなかったから、まさか20秒台を出せるとは考えてもいなかったけど、200mの予選は速くコーチの指示どおりにがんばったら1番だった。それも自己ベスト。

これから100mのタイムもいいときは19秒台を目標としている。いつか17秒台で走りたい。練習の時も19秒台めざして走っても21秒とか22秒しかタイムはでてなかったのに、20秒台をだし、速くなってました。かげの努力のスクワットだとかをコツコツやってきたからだとおもう。

スノーシューを200mの時にふまれてなかったら4番になれたとおもった。200m決勝のとき1番をゆずってしまった自分は3番ぐらいに入ればいいってその気持ちがダメだった。

韓国語でしゃべってる人がほとんどだった。自分は韓流TVとかよく見るのでTVといっしょやとおもって走っていた。

200mの決勝のタイムは満足のいかない結果となった。いくら100mとリレーを金メダルとれても、200mのレースを思う存分自分の満足いくように走れなかった。200m予選と200m決勝のちがいは、予選の時は200mレースを楽しもうって楽しんで走ろうっておもったから自己ベストもでたんだとおもう。楽しんで走るのも、決勝の時はレースの前から楽しむ気持ちが予選の時より少なかった。予選の時ならこけても3位はがんばってついていけたとおもう。

今からおもえはもっと楽しんで走ることを重要に考えておけばよかったとおもう。200mにおいては楽しむ気持ちで私のタイムは大きく変わるとおもう。

100mは1位になる自信もあったし、予選の時も決勝の時も余裕だった。

韓国だとみんなとの生活があたり前になってきて別れるのはさみしい気もした。ボランティアのふくをもらってつき合いたい、いいかおしてるなってメダルをとる前の自分の写真、まさかの200mでメダルをとれないという現実がまだない状態だから、落ち込む気持ちよりも反省してまた予選の43秒台で200mを走りたい。200mの決勝が終わってメダルがない。「どういうこと」って、そして次の日の朝もう1回もう1本今日200mあってきょうメダルとりたいって考えてました。でも昨日でレースはおわってるしメダルとれた子にしたらなんでゆずらなあかんのってなるし、そんなことばかり考えてます!!

200mの決勝でみんな「よくがんばった」といってくれるが、実質私はがんばってない、こけた後ももう少しスピードだして走ろうとおもえば走れたし、がんばってもそのタイムならいいけど、心の中は私は200m決勝はがんばってない。自分の力をだしきるって、行く前にあれだけいっていたのに、走り終わってその言葉どうりじゃないなんて、決勝の時、私は何を考えてたんだろう!全力をつくせなかったという点ではさいあくな自分、さいていな自分で世界大会は終った。でも100mはそうじゃない。全力をちゃんとつくせた。だから1位の金メダルをとることができた。

リレーも100mの走りはかるかったし全力をだせた。100mとリレーはできて、200mだけ全力をつくせなかった。行く前の私はリレーも100mも200mも全力をつくすって。でもがんばったからあんなにいいかおを写真にうつれたんだ。スノーシューの競技はあのかんじきみたいなのはいてつけて競技にでるのが大好きです。雪がいいのかなっておもったり、100mは大満足です。ピョンチャンに海外にいってきたい気持ちがあったから参加した!!

200mは思い出すときりがないくらい不満足なのでどうしたらいいかわかりません。また初心にもどって、200mも100mもリレーも金メダル、全力で走る、それを本番でも忘れずこれからがんばりたいとおもいます。だったらまた行く前みたいな、いい顔ができるとおもいます。

韓国にはかっこいい人もいて、ウエイトレスさんにもサインをもらいました。 ?とかかれたけど名前をかいてくれたみたいです。学生のキムジョンフンさんに電話番号をきけました。ずっとかっこいいな、っておもって「でも電話はむりか」とおもってたら、たまたま1人でキムジョンフンさんが電話してて、そのさいにおもいきって電話番号とサインをもらいました。まだ電話はしてなしけど、いずれしてつきあいたいです。最初は内気でサイン帳をもってでたけど、前向きに積極的にサインしてって身ぶり手ぶりでだんだんとサインはいっぱいにあつまりました! お母さんに電話番号と住所はきいてきなさいと言われてたので、積極的になれました。

世界大会期間中は200m決勝以外はなんて疲れも出てない。金メダルを目標にした状態で世界大会でえたことは、世界やから自然に疲れもでないし元気にすごせたんは、今の状態をくらべるとぜんぜん違うふうな人みたいにおもえます。

合宿の時の写真を見ると早いなと感じます。そのころみたいにがんばるかその時のメニューをこなせるとか考えます。

 

 

応援ファミリーの声 ~~ わが子の成長に感動!

 

● 佐藤 幸子さん (佐藤拓弥さんのお母さん)

 

今回初めて冬季世界大会に参加させていただき、今まで親元から長期間離れて過ごしたことがなかったので、少し心配していました。

事前合宿でコーチと他のフィギュアの選手たちとの絆を深めていたようで、会場で会った拓は、他の外国の選手にも「ハロー」と話しかけている姿に心配が嘘のようでした。

言葉も生活習慣も違う外国での生活やいろいろな人との交流、今まで練習してきた成果を大勢の人の前で滑り、金メダルを取ることができたのは、これから生活していく上で自信になったと思います。いろいろな人からの応援、とてもうれしかったようです。

私自身も他の競技の人と交流をもち、アスリートたちからたくさんの感動をもらいました。親子で本当にいい経験をさせてもらったと思います。

 

板倉倫子さん(板倉宏二郎さんのお母さん)

 

長期間、親元を離れての海外なので、少し心配でしたが、チームメイト、コーチ、スタッフの皆様に支えていただき、楽しく過ごし、笑顔で元気に帰ってきたのを見て、わが子の成長を感じました。

スノーシューイング・チーム・ジャパンは名字ではなく、名前を呼び合い、互いに応援しあうチームワーク抜群のチームでした。リレーの後の写真では笑顔笑顔でしたし、帰国後もアスリート、ファミリー、コーチの皆様と交流しています。

本当にワールドゲーム出場というわが子の成長の機会と素晴らしい出会いを与えてくださった皆様に心から感謝しております。

連日、零下の中での応援でしたが、素敵な出会い、経験をさせていただきました。

本当にありがとうございました。

 

木村利枝さん(木村真耶加さんの母)

 

今回の世界大会を一言で言うと、『感謝』です。

大会前、大会中、大会後、と見違える成長がありました。

 

合計3回の合宿を重ねることに精神的にも落ち着いて何事にも前向きになっていきました。合宿も世界大会も一緒に準備し、かえって私の方が気持ちが焦ってしまったように思います。

帰国後は、、世界大会での仲間との生活が当たり前になっていたので、さみしいと言います。帰国1日目こそ疲れていた様子でしたが、今は大会前以上に元気です。

大会中に電話番号やアドレスを交換した方と国内外を問わず連絡をとりあっているみたいです。ピンバッジやTシャツ交換も積極的だったようで、私より沢山交換し、ボランティアさんのジャェットまでゲットして来ました。(しかもイケメンらしいです。)

新たな課題や目標も見つかり、今はそちらに向って意欲を持っています。積極的に前向きに明るくなっていく様子は、母親の私が一番驚き感動し、うれしかったです。

 

910日のうち、6日間毎日レースがあり、毎日バイアスロンセンターでした。一生忘れられないと思います。

毎日感動し、涙し、楽しむことができました。気温も心構えしていたほど寒くなくて、福島大会よりも快適でした。金メダルの表彰台ほシーンには、主人も真耶加の兄も間に合い、家族みんなで感動を共に味わうことが出来ました。

ただ、韓国の団体応援のラッパやたいこは少々うるさかったのと、そのために座席が少なくなってしまうことが難点だったように思います。それと日本語はもとより英語も話せないボランティアさんが多かったことも、ちょっとしんどかったです。

ファミリー・レセプションは、ツアー会社の手違いから会場到着が遅れましたが、毎日必ず最低1回は韓国料理だったので、私のお腹にはレセプションの食事はありがたかったです。

 

有森団長をはじめ、コーチ。スタッフ、事務局の皆様にはほんとうに感謝の一言です。

ファミリーが宿泊しているホテルで、他種目のファミリーの方々からいろんなお話が出ることもありましたが、私としては大満足させていただきました。

いつかまたチャンスがあれば、是非参加したいと親子共々思っています。

本当にありがとうございました。

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